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周防国分寺

 周防国分寺は名前の知られた古刹ではありません。山口県防府市にあります。天平創建時の伽藍は失われ江戸時代に再建された金堂と桃山時代に建立の禅寺の山門風の仁王門が残っています。金堂内陣の仏像もやはり知られた像はないものの見応えがあって本尊の薬師如来坐像は丈六で室町時代の重文、脇侍日光・月光菩薩立像は本尊と吊り合った2メートル近い大きさの平安時代初期の重文、十二神将は本尊に似合わない小さなものですが、藤原時代初期で重文の四天王立像がとても立派で2メートを超え東寺講堂像によく似ています。ぼくはこの周防国分寺をかなり前に拝観したことがありました。

 高校2年のとき奥州平泉の中尊寺で仏像を知ったぼくが自分からはじめて訪れた古寺は奈良でも京都でも鎌倉でもない防府の周防国分寺でした。高校を卒業した年の4月下旬のことでだから18歳です。ぼくは3月の中ごろから防府に来ていて最初の市内散策で防府天満宮と毛利氏庭園に挟まれて国分寺があることを知りました。
 もう53年も昔のことで記憶も薄れました。仁王門を潜ったはずですがあまりよく覚えていません。金堂の戸が開いていましたが拝観受付はなく、いや、あったのかもしれませんがだれもいなかったのです。そのうちお寺の人が来るだろうとそのまま中に入りました。須弥壇の四方の隅に置かれた四天王立像の前で、これが四天王か、すごい、と感激したのをはっきり覚えていますが本尊薬師如来坐像や脇侍日光・月菩薩立像はうろ覚えで十二神将像にいたってはあったのかなというほどまったく覚えていません。拝観の記憶を心に留めるにはそのときはまだ経験も知識もあまりになさすぎました。

 一頻り観てだれも来ないので外へ出ると裏の方から物音がしました。そっちへ回ってみるとそこは畑で住職さんと思しき人が鍬をふりあげています。今金堂を拝観したのですが、と声をかけると優しい声で、ああそうでしたか、という返事でした。再び金堂戻ると拝観料として100円だったか200円だったかをご本尊前の机の上に置いて外へ出ました。この周防国分寺がぼくの仏像巡りのはじまりでした。 2026年5月19日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)

ところでぼくが高校の卒業式からあまり日をおかないころになぜ防府にいたのか。卒業式の四日後に入った航空自衛隊の新兵教育が防府南基地の第一航空教育隊だったからです。週末に許された外出を利用して国分寺を訪ねたのでした。
 しかしそれにはちょっとした困難がありました。外出は常装(いわゆる制服)でないといけませんでした。そもそも私服は入隊してすぐに実家に送ってしまい持っていません。近ごろと違い自衛官に“市民権”がまだなかったころでしたが山口県だし防府の人たちは空自の制服を見馴れていたから石をぶつけられるようなことはありませんでしたがやはり目立ちたくはなかったのです。というのは、国分寺が外出範囲の外にあったのと外出時には必ず二名以上で行動するようにと厳しく言われていたからです。実行すれば規律違反になります。発覚すれば教育隊にいる間ずっと外出止めになるかもしれません。それでも周防国分寺に行かないではいられないという思いでした。週末の市内は警務隊(いわゆる憲兵)の巡察がありましたがそれは繁華街のことで郊外まで回ることはないと考えました。もし市内をひとりで歩いているところを見られても航空学生に思われるだろうとも思いました。ぼくらは防府南基地ですが2キロ足らず北へ行ったところに防府北基地があってそこに航空学生教育隊があったのです。かれらはまだ飛行訓練も始まっていない地上準備課程の候補生でぼくらとかれらの制服姿の外見上の違いはかれらは左上腕部の空士の階級章の上に百円玉ほどの大きさの桜花を模った銀色の候補生徽章をつけていたことだけでそれは左横から見ない限りあまり目立たず少し離れるとわかりませんでした。

 ぼくは何度か外出して市内の様子がある程度わかったところで4月の最後の外出日だったと思いますが決行することにしました。同じ班の
Y君に、次の日曜日は一緒に外出しよう、と誘いました。かれはおとなしくおっとりした性格でした。駅前でバスを降りるとすこし離れたところまで歩き、実はちょっとひとりで行きたいところがあるんだ、○○時にここで待ち合わせて一緒に基地に戻ることにしよう、と頼むとかれは、どこへ行くのかと訊くこともなく規律違反だと責めることもなく一緒に行くとも言わずただ、わかった、とだけ言ってくれました。ばれたらY君も処罰の対象になるかもしれませんでした。

 ぼくとY君は打ち合わせた通り待ち合わせ場所で合流しふたりで基地に戻りました。ぼくの外出時地域外単独行動は幸い発覚することはありませんでした。いや、外出すればみんな結構自由にやっていたからそれほど気を張って考える必要はなかったのかもしれません。 2026年5月20日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)



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